戦国時代からあった寺子屋ですが、平和な江戸時代になって、師弟の教育の場としてさらに盛んになりました。寺子屋では武家の子供たちに混じって、庶民の子供たちにも解放され、一緒に読み書きの勉強などをしていました。ただ、一緒にといっても教える内容や厳しさは、武家の子供たちと庶民や商人の子供たちとでは、当然のことながら大きな違いがありました。
江戸時代は「士農工商制度」が確立されており、武家の子は読み書きの勉強の厳しさ以上に、礼儀作法も厳しく教育されました。たとえ親子の関係でも礼儀作法は厳格で、親の前に出る時は袴を付け、敷居の外で挨拶をしてから部屋に入るということが日常的に行われていました。話す言葉はもちろん、姿勢他目線についてなども細かく指導を受け、躾けられました。武家の師弟は学問の勉強の他に、武芸も同時に学びました。さらに剣道と水泳の稽古もありましたし、武士の子の遊ぶ時間は限られていました。でも、そこは子供たちのこと、一般の子と遊んだり騒いだり、先生がうたた寝をしていたりという楽しい絵も残されています。
江戸時代の教育機関には、様々な「塾」がありました。私塾が多く、大塩平八郎の洗心堂、緒方洪庵の適塾、有名な松下村塾などがありました。藩校としては明倫館、徳川斉昭が開祖の弘道館などがあり、江戸幕府の官立ではただ一つ、昌平坂学問所がありました。こういった塾から、新しい理論を説く思想家も現れました。