平安時代には、民衆の教育が全くなかった訳ではありません。最澄の伝記である『叡山大師伝』は平安時代中期に書かれたものですが、それによると、村の子供が通った「村邑小学」という教育機関の事が書かれています。そこで子供たちが読み書きを勉強し学んでいました。
この頃にかな文字も発達し、難しい漢字で編纂されていた万葉集も仮名文字でつくられ読みやすくなりました。仮名文字が発達した背景には、遣唐使の廃止があります。外国の文化が入ってこなくなり、万葉仮名という日本独特の文字を編み出しました。当時の女性の勉強としては読みやすくなった万葉集の素読だけですが、万召集の素読だけでそれなりの教養と資質を身に付けていました。この事を考えるとき、消化しきれないほどの知識を詰め込まされている子供達など、現代の教育のあり方が考えさせられます。
漢字から派生した仮名文字で、文字の美を表現する日本独特の書風が作られ、書道も盛んになりました。昔の勉強と言えば「読み書き算盤」でしたが、表現する力や思考力を身に付ける勉強としての書道は現代でもしっかりと続いています。芸術としての価値や、人材を育成する手段として用いられなどしています。